2017.03.27

Watsonで進化する「デジタルマーケティング」の最前線と未来像 ――IBM×DIGIDAY「日本版」対談

IBM瀧澤直也&DIGIDAY長田真

米国におけるデジタルマーケティングの市場規模は7兆円に達するといわれ、日本でもデジタル広告の市場規模は、広告市場全体の約2割に迫る勢いを見せている。しかし、デジタル人材の不足や未成熟な組織体制など、課題も多い。最近では、検索上位に表示されることのみを重視した結果、著作権を侵害し、不適切な情報を掲載するキュレーションメディアが問題となって世間を賑わせた。こうした状況下の日本において、ユーザー視点のデジタルマーケティングを実現していくために必要なこと、そこに新しいテクノロジーはどのように貢献できる可能性があるのか。

業界のリーダーたちから「いま読むべきデイリーメディアのNo.1」だと評されるデジタルマーケティング情報サイト「DIGIDAY[日本版]」の編集長を務める長田真氏と、日本アイ・ビー・エム(以下、IBM) インタラクティブエクスペリエンス・メディアプランナー 瀧澤直也との対談を実施。二人にデジタルマーケティングの現在、そして未来をテーマに議論を交わしてもらった。

DIGIDAY長田真
長田 真
株式会社メディアジーン DIGIDAY [日本版] 編集長

株式会社宣伝会議の月刊誌『編集会議』『ブレーン』の制作に携わった後、2004年に株式会社インフォバーン入社。国内有数のブログメディア「ギズモード・ジャパン」「ライフハッカー[日本版]」などのプロデューサー・編集長を歴任する。 その後、ソリューション事業で大手企業のオウンドメディア立ち上げ・運営を担当。2015年9月よりDIGIDAY[日本版]編集長に就任。

IBM瀧澤直也
瀧澤 直也
日本アイ・ビー・エム株式会社 Global Business Services インタラクティブエクスペリエンス クリエイティブ&デザイン メディアプランナー

大手広告代理店にてメディアプランナーとして、デジタルキャンペーンプランニングを担当。その後、大手広告会社とグローバル精密化学メーカーの新規ライフサイエンス事業支援会社に参画。コンサルタントとして独立後も、デジタルマーケティングプラットフォーム開発ベンチャー執行役員、世界最大の外資系エージェンシーグループのデジタルビジネス推進部室長を兼務。現在、日本IBMにて唯一のメディアプランナーとしてコンサルティング・マーケティング両側面から企業のコミュニケーションデザインやデジタルトランスフォーメーションを支援。15年以上デジタルによる顧客体験ビジネスに従事。

多様化する生活スタイルや、情報の消費スタイルに対応するため、コンテンツの重要性は増している

──まずは瀧澤さんから、自己紹介をお願いします。

瀧澤 IBMに入社したのが、2016年の3月1日。2002年から在籍していた前職の博報堂グループ時代から、一貫してデジタルの仕事に携わってきました。当時の肩書きもメディアプランナーで、2006年からは4年ほど、デジタルマーケティングの仕事を担当しました。

──メディアプランナーという仕事について、もう少し詳しく教えてください。

瀧澤 広告主が、自社のサービスや商品を一般の方々にどうやって広め、顧客を獲得していくか。そうした課題に対し、メディアという手段を使って出稿プランを作成し、実行と検証のPDCAサイクルを回すのが主な仕事です。

IBMでも、2015年からデジタル分野に詳しい人材を積極的に雇用し、組織体制を整備しています。戦略策定など、上流のコンサルティングからメディアプランニング、そして、メディアバイイングといったエージェンシー業務にまでビジネス領域を広げています。

IBM瀧澤直也

──一方の長田さん。『DIGIDAY[日本版]』とは、どんなメディアですか?

長田 DIGIDAYは、もともとアメリカのデジタルマーケティング戦略情報サイトで、その日本版は2015年の9月にローンチしました。デジタルマーケティングの推進役として「ブランド(広告主)」「エージェンシー」「パブリッシャー」「プラットフォーム」という4つの立場に着目しており、それぞれのカテゴリー別に情報を発信しています。競合サイトはいくつかありますが、なかでもパブリッシャー向けの情報が厚いのが特徴です。

──長田さん自身は、ずっと編集の仕事に携わってきたのですか?

長田 そうです。DIGIDAY[日本版]以前は、ギズモード・ジャパンやライフハッカー[日本版]など、一般消費者向けのデジタルメディアの運営に携わっていました。その前は、紙の編集者です。宣伝会議社の『編集会議』という雑誌にも関わっていました。私が編集者として歩みはじめた1990年代後半は、出版ビジネスが緩やかに下降線をたどりはじめたころで、デジタルの脅威をうすうす感じはじめた時期でした。

DIGIDAY長田真

──では、お二人にお聞きします。デジタルマーケティングについて、ここ数年でどんな変化があり、現在に至っていますか?

瀧澤 大きな転換点は、やはりスマートフォンとSNSの普及だと思います。特に、生活者にとってはブランドとの接触機会(タッチポイント)が増えたという意味で、それ以前とそれ以後では、生活スタイルも情報の消費スタイルにも劇的な変化がありました。

長田 コンテンツメーカー目線から言えば、ここ数年で、パブリッシャーがデジタルによって「ワンストップ化」したといえます。すべてがデジタル化されつつあり、新聞や雑誌だけでなく、いまやテレビもそこに取り込まれようとしています。情報の消費という顧客体験が、スマホ一つに溶け込んでいく時代に、それぞれのパブリッシャーの価値はどうなっていくのか、大きな関心を持っています。

瀧澤 メディアの“消費のされ方”は、国や性別、年代によって状況が異なります。例えば、平均年齢が低く、デジタルネイティブな世代が中心の東南アジアと、団塊ジュニアやシニア世代がボリュームゾーンで、テレビに親しみのある日本とでは、メディア体験も異なります。ですから、デジタル体験というのは、まだまだ変化の途上、過渡期にあるといえます。個人的には、ブランドの先にあるユーザーの視点を常に忘れないようしたいと考えています。

長田 ユーザーが情報を取得するスタイルも多様化しています。例えば、テレビなどは、いまや録画して好きな時間に視聴するのが当たり前です。その際、CMは飛ばされてしまう可能性が強く、広告としての役割を果たせていません。いかにユーザーに求められる形で広告を視聴者に届けるのか、コンテンツのネイティブ化というのは今後、さらに重要性を増していくのでしょう。

瀧澤 ミレニアル世代は、広告を嫌悪する傾向があるのは確かです。例えば、LINEで動画広告を視聴するとスタンプがもらえるリワード広告がありますが、スタンプをもらうために視聴ボタンは押すけれど、実際は「見ていない」という人もいます。そう考えると、広告効果は一律な指標で測れるものではなく、世代や消費スタイルによっても変わってくるといえます。いずれにしても、コンテンツやクリエイティブの重要性が高まっているのは間違いありません。

多様化、分散化を経てメディアブランディングは「信頼性」という原点回帰へ

──最近のフェイクニュース問題や、キュレーションサイト問題についてはどうお考えですか?

長田 フェイクニュース問題については、広告収入目当てで扇動的なニュースを配信する「ねつ造記事」や、政治的主張のために事実が歪められる「プロパガンダ記事」、あるいは「虚構新聞」のような「風刺、パロディー記事」などが一緒くたにされている節があります。そこへ、「盗用まがいの記事」を流布する一部キュレーションサイトの問題が重なったことで、あらためて分類し直す必要が出てきました。そのうえで、マーケターが広告の掲載先としてのメディアに、どれだけ意識的になれるかが問われていると思います。

これまで多くのデジタルメディアでは、一般誌のようにさまざまな話題の記事を発信し、PV数を稼ぐのが正しいとされてきました。PVさえ集まれば、マネタイズの手法はいくらでもあり、ビジネスとして成り立つからです。その最たるもの、一線を越えてしまったものが、フェイクニュース問題やキュレーションサイト問題として顕在化したのでしょう。

DIGIDAYは、雑誌で例えれば専門誌のような位置付けです。最近、このようなニッチなサイトは国内外を問わず増えており、「バーティカルメディア」と呼ばれています。これらの特徴は、自分たちのブランドと合致した特定のユーザーを重要視していること。ユーザーの「量」ではなく、「質」を求めています。

瀧澤 昔のメディアプランニングの方法に戻ってきていますね。そうなると、今後のメディアプランニングには、より“人間的な”要素が求められてくるでしょうね。

対談風景

──デジタルマーケティングは、ユーザー獲得という面では成果が出ていますが、そこをブランディングにつなげられない課題があります。

瀧澤 博報堂にいた当時、大手ニュースサイトのトップページに一定期間、ブランド広告を出し、広告を見た人にアンケートを取って、ブランドに対してどんな態度変容があったかを調査したことがあります。結果、一定の効果は得られたものの、デジタルが広告主のブランドリフトに貢献する存在になれているかという課題が残りました。

この課題については、ここ数年のテクノロジー手法の進化、チャネルの多様化によって改善できる余地が大いにあり、今後、プランニングのしがいがあると思います。

長田 例えば、最近では、吉本興業が所属芸人を使って、InstagramやTwitter上で商品やサービスを広告として告知するインフルエンサーマーケティングに取り組みはじめました。また、松竹芸能がインフルエンサーマーケティングを手がける会社と業務提携したというニュースもあります。マスの権化といえるテレビタレントが、パーソナライズされたソーシャル空間にビジネスとして取り組むというのは、デジタルマーケティングにおいて、ひとつ象徴的な出来事といえますね。

メディアプランナーとしてのWatsonの可能性

──「IBM Watson(以下、Watson)」が、マーケティング領域にも入ってきました。メディアプランニングにおけるWatsonの可能性についてはどう考えますか?

瀧澤 Watsonは、メディアプランニングの領域まで踏み込んでいます。例えば、「こういうターゲットユーザーには、このエリアで、こういう広告を出してみたらどうですか」というアイデアを、マーケターとWatsonが対話しながら一緒にプランニングしていくイメージです。

Watsonは定量データに加えて、自然言語などの非構造化データの特徴を抽出し、意味を理解することができます。メディアプランナーが判断し実行している知識データを学習することで、ニュアンスや行間を学習できるのが特徴です。そのため、きちんと学習させるデータさえ存在すれば、Watsonにはメディアプランナーとして飛躍的に成長できる可能性が秘められています。

長田 それは、現在、メディアプランナーである「人」の脅威になりませんか?

瀧澤 ならないと思います。Watsonは判断するのではなく、示唆を提示する、あくまでも人に判断する材料を与え、むしろ人の仕事をサポートする立場にあるという位置づけです。もちろん、究極の姿はプランニングのプロセスが全て自動化されるということかもしれませんが、「人」にしかできない業務も新たに生まれるでしょう。

長田 先ほど、IBMはエージェンシー業務にまでビジネス領域を広げていると話していましたが、デジタルエージェンシーとしてのIBMの強みは、どこにあるのでしょうか?

瀧澤 IBMの最大の強みはWatsonに代表されるような「テクノロジー」を持っている点です。これまで、IBMはクライアントからの要望に対してコンサルティングし、バックエンドのシステムを整備して、プラットフォームを選定、導入後、企業にとって新しいサービスの認知や集客といった領域はエージェンシーに委託していました。

それが、IBMの中にデジタルエージェンシーとしての組織が整備され、Watsonをはじめとするテクノロジーの登場により、上流のコンサルティングから実装、顧客分析からサービス認知獲得や集客、そして顧客化やソーシャル拡散実施まで、ワンストップでカバーできるようになります。

IBM瀧澤直也

長田 瀧澤さんのお仕事も、IBM入社時から変わってきていますか?

瀧澤 「ユーザーに届ける顧客体験」をデザインし、プランニングする点では変わりませんが、仕事の領域という意味では、メディアプランニングだけでなく、その先のメディアバイイングまで行うようになりました。さらに、グローバルマーケティング組織のチェンジマネジメントやデジタル人材育成、IBMデザインシンキングを活用した新しいサービス創出、Watsonを使った顧客分析、IBM Bluehubのリードも行っています。

最近手掛けた事例としては、「IBM Engagement Center」と「Watson Personality Insights」を活用したソーシャル・データ分析があります。地理的な制約を排除し、圧倒的なライフスタイル情報の量感を確保することで、想定していた顧客定義を超えたユーザーの生活実態や志向を把握することが可能になり、質と量の両面から顧客理解が改善しました。今後は、ソーシャルリスニングにおけるデータ収集量とサンプルの数を増やすことにより、ターゲット精度が高い市場調査が可能になるほか、その情報をマーケティング立案に活用し、ピンポイントでバズを起こした人にアプローチしたり、各国販社と連携してのブランディング等ができるようになります。

長田 では、日本の既存のエージェンシーとのすみ分けはどうなっていきますか?

瀧澤 昨年、DIGIDAYにてIBMによるエージェンシー買収のニュースが取り上げられましたが、日本では、「IBMがエージェンシーとしてクライアントと直接取引する」「IBMが既存のエージェンシーと協業する」という2つの方向性があると思います。

後者のケースでは、WatsonのAPIを電通や博報堂といったエージェンシーに活用してもらうことで既存の広告ビジネス課題を解決したり、クリエイティブに革命を起こしたり、イノベーティブなソリューションを誕生させたりすることもできるはずです。例えば、Watsonやブロックチェーンの技術を、エージェンシーがどのように活用すれば顧客のためになるのかといった議論を、エージェンシー出身の私が進めていなかければといった使命も感じています。

先日、IBMと「Salesforce.com」がAI活用でグローバルな戦略的提携を発表しましたが、プラットフォームやツールを統合して、互いのビジネスの相乗効果を図るというのは、マーケティングのあらゆる領域で起こっていくでしょう。

データドリブンなマーケティングを行うためにデータを整備し、ノウハウを形式知として具体化すべき

──では、企業がデジタルマーケティングを活用するために必要なことはどんなことですか?

長田 DIGIDAY[日本版]が創刊した1年半前は、ちょうど日本企業のあいだでCMO(Chief Marketing Officer)という役職が注目されはじめたころでした。しかし、その後、わずか1年のあいだに、期待された結果が出ないと、そのCMOの発言力が低下した企業もあると聞いています。

結局のところ、デジタルは、わかりやすい刈り取り、つまりコンバージョンの数値化には強い。ですが、マーケティングファネル上部にあるブランディングの数値化については、まだまだなところがあります。そのため、さきほどのような揺り戻しもあったのでしょう。

DIGIDAY長田真

瀧澤 確かに、デジタルの世界だけでブランド認知や態度変容という結果を完結させるのは難しいかもしれません。しかし、日本ではマスマーケティングの力が依然として強く、デジタルだからこそできる課題解決手法をマスマーケティングに生かすということも可能です。

問題は、デジタルマーケティングをどう活用するかです。デジタルマーケティングで何か劇的な変化が起きるとか、ブランド認知がある日、飛躍的に高まるという誤解があると、結果的に期待を裏切られ、「効果が出ない」との認識になってしまいます。

さらに、組織的な問題もあり、それまで縦割りで分断されていた組織に突然、デジタルマーケティングの横断部署をつくるとか、マーケティングに携わったことのない人が、デジタルマーケティングの責任者になるという企業が、日本の場合は多数あります。

──マーケティングに関する啓発、正しい組織やKPIの設定といった上流のコンサルティングが大事になってくると?

瀧澤 ユーザーのことを一番知っているのがクライアントですから、クライアントが保有する情報を整理、統合して、そこにデジタルが使える、使えないというのを検証するプロセスは大事だと思います。また、そこにIBMがデジタルマーケティングを支援する意義があります。ただ、デジタルの人材育成という課題もあって、こちらが提案しても、クライアント側で人材がいないために受けられないというケースもあります。

長田 デジタル人材の定義とはなんでしょうか?

瀧澤 クライアントによって異なりますが、知識に加え、実務として運用のPDCAを回した経験が必要だと思います。データドリブンなマーケティングを行うには、データが必要です。ユーザーをより深く知るためにも、自分たちのこれまでの「勘」や「経験」「度胸」といったノウハウを形式知として具体化していくことも重要です。

そこでもデータを活用する人材が求められています。マーケットのスピードに、人も育成のスピードも追いついていないのが、ひとつの大きな課題ではないでしょうか 。従って、私たちのチームでは、デジタル人材の育成支援も積極的に行っています。

──最後に、デジタルマーケティングの今後についてはどうお考えですか?

瀧澤 デジタルマーケティングの発展によって課題が顕在化し、メディアの真価、ブランディングがあらためて問われています。「原点回帰」という流れもある中、メディアプランニングにどれだけWatsonをはじめとするテクノロジーが貢献できるか、自分自身、楽しみにしています。

もちろん、既存のデジタルエージェンシーとの協業も一つの選択肢ですし、クライアントが求めることを実現していくための組織、人材、テクノロジーがIBMにも整ってきました。そういう意味で、健全な競争の中からデジタルマーケティングの新たな価値が生まれることを期待しています。

対談風景2

長田 メディアがデジタルによって「ワンストップ化」したというのが一つのキーワードだと述べましたが、こうした課題はグローバルでも共通しています。それと同様にデジタルマーケティングの課題も、だいたいどこも同じなのが興味深いところです。

もしかしたらWatsonがコモディティ化することで、「スマホの次のデバイス」として、SF映画みたいなコンパニオンロボットが普及する世界が、本当にやってくるのかもしれませんね。必要な情報やエンターテインメントは、すべてそのロボットが、テキストや画像・動画ではなく、「対話」や「アクション」という形で提供してくれる可能性もある。そうなったら、デジタルマーケターは今までとは、まったく違ったアプローチのマーケティング手法を考えなくてはいけないのでしょう。

瀧澤 「デジタルマーケティング」の市場規模は急成長していますが、今までお話してきたように課題も山積みなのが現実です。それがWatsonをはじめとする新しいテクノロジーによって解決される可能性があるのと同時に、我々メディアプランナーもその変化に対応していく必要があります。例えば、IBM傘下の「The Weather Company」が、Watsonを採用するインタラクティブ広告「Watson Ads」を発表しました。IBM Watsonと共に「未来をプランニング」して参りますので、近い将来、再び貴重な意見を聞かせてもらえればと思います。

長田 私もデジタルマーケティングの世界がどう変わっていくのか、楽しみに見ています。

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