2017.03.02

日本IBM唯一のクリエイティブディレクターが考える問題の解き方

IBM iX福士浩二郎

スタートアップ企業がテクノロジーを武器に「破壊者」として市場に参入し、突如ビジネスのパラダイムシフトが起きる。ビジネス環境は不確実性を増すばかりの現在、企業がビジネスを再定義し、変革を遂げていくために必要なこととは?

「クリエイティブディレクター」としてクリエイティブとマーケティングの両面から企業の事業変革を支援するIBM Interactive Experience(IBM iX)の福士浩二郎に、「ユーザー視点でのデザイン思考」について話を伺った。

IBM福士浩二郎
福士 浩二郎日本アイ・ビー・エム株式会社 インタラクティブ エクスペリエンス  クリエイティブディレクター

大手小売にて新規事業開発責任者。その後、大手デジタルエージェンシーにてクリエイティブ・ディレクターとして、企業のサービスデザインを支援。現在、日本IBMにて唯一のクリエイティブディレクターとしてクリエイティブ・マーケティング両側面から企業の事業革新を支援。カンヌライオンズ金賞など、国内外のクリエイティブ賞において15の賞を受賞。

顧客の“声なき声”からビジネスをデザインする「デザイン思考」

──まず、福士さんがIBM iXで担っている役割について教えてください。

クリエイティブディレクターとして、企業の課題を解決し、イノベーション創出を支援しています。「クリエイティブディレクション」とは、マーケティングとクリエイティブの両面から新しいビジネスモデルを考えたり、顧客体験価値を最適化したりすることです。

しかし、日本ではクリエイティブディレクターの実際の仕事内容について、あまり認知されていないように思います。日本IBMでは、クリエイティブディレクターは私だけですが、「クリエイティブディレクション」は欧米などではビジネスデザインの必須スキルとして、スタートアップベンチャーから、昨年の米大統領戦の選挙戦略にまで幅広く応用可能なものとして認知されています。

──必須スキルというのは、具体的にどのあたりを指していますか?

マーケティングとクリエイティブが統合されているという点で、クリエイティブディレクターがカバーする領域は幅広い範囲に及びます。例えば、PRもできるし、選挙戦略であれば政治家とも話をする。あるいはクリエイティブの現場では、アートディレクターやコピーライター、動画を制作する映像ディレクターとも話ができる必要があります。もちろん、経営者とも話をします。

イギリスには「恋愛と戦争では手段を選ばない」ということわざがありますが、クリエイティブディレクターは、文字通り「恋愛と戦争とクリエイティブは手段を選ばない」、つまり、あらゆる手段を使ってクライアントのビジネスに貢献するのがミッションです。

──つまり、経営層からクリエイティブチームの現場に至るまで、彼らの「言語」で対等に話ができないといけないということですね。

実際にクリエイティブディレクターとしての仕事をしていく上で、求められるスキルは大きく3つあります。それは、「ビジネス思考」「デザイン思考」「テクノロジー思考」の3つです。このうち、デザイン思考は、クリエイティブディレクターに求められる最も重要なスキルの一つです。例えば、「ある航空会社の競合企業を挙げて下さい」と言われたたら、どこを挙げますか?

──もちろん、競合している航空会社ではないでしょうか?

ビジネス分類で考えるとそうなりますね。このように、論理的にロジックで詰めていく考え方がビジネス思考です。ビジネス思考でさらに考えると、大規模な航空会社には旅客事業もありますし、貨物事業もあります。あるいは、周辺事業であればホテルやクレジット業界も競合となるでしょう。さらに、旅客事業は国内線と国際線に分類できますし、考えられる競合企業は幅広いことがわかります。

IBM iX福士浩二郎

一方、例えば、「海外出張に行くビジネスマンが航空会社に求める価値」という視点で競合会社を考えた場合はどうなるでしょうか。こうした切り口は、ビジネス思考で考えていくことには限界があります。そこで大事なのが、デザイン思考です。

──顧客の課題から発想するということですか?

簡単にいえば、「企業が顧客から求められる価値は何か?」「企業の顧客にはどんな悩みがあるのか?」という視点から考えることです。例えば、海外出張の目的が「会議」にあるのであれば、テレビ会議ソリューションを提供するIT企業が競合になりえます。また、出張の目的が「カニの市場調査をする」ことであれば、マーケティング調査会社も競合になるかもしれません。あるいは、「カニを買う」ことであれば、ECサイトも競合になるでしょう。

──なるほど、ではテクノロジー思考というのはどういうものですか?

これは、実際に得られた洞察や仮説、ビジネスアイデアを実現するためのブレイクスルーを、テクノロジー視点で考えることです。クリエイティブディレクターはこれら3つの要素を「三位一体」で考え、企業のビジネス革新をお手伝いしていくのがミッションです。

IBMは、これまでもロジカルなビジネス思考と、テクノロジー思考を得意としてきました。そこにデザイン思考の視点を加えていくのが、クリエイティブディレクターである私の役割ともいえます。

IBM iX福士浩二郎

──福士さんがデザイン思考をする上で大事にしていることはどんなことですか?

「人間に対する深い洞察」に沿って、体験をデザインすることです。そのため、個人的には「徹底した行動観察」「クライアントへの忠誠心をなくす」ことを大事にしています。

例えば、あなたがとある家電メーカーのマーケティング担当者だとして、アフリカで日本製の洗濯機が壊れているというクレームを数多く受けました。この理由はなぜだと考えますか?

──難しい質問ですね。アフリカの衣服の素材が日本とは全然違っていた、とか?

これは実際にあった話ですが、答えは洗濯機を衣服でなく「ジャガイモを洗うことに使っていた」からです。アフリカの人は収穫したジャガイモを川に運び、そこで洗っていたそうですが、代わりに洗濯機をこの作業のために使い、川まで往復する手間を省こうとしました。結果、想定していない使われ方をした洗濯機は、排水口に砂が詰まって壊れてしまったそうです。

このように、洗濯機が現地の人にどういう使われ方をしているか。行動を観察すると本質的な課題が見えてきます。しかし、テクノロジー思考だと、つい「高機能な洗濯機をつくること」で課題を解決しようとしてしまいます。統計調査や文献だけでは見えないものが見えてくるからこそ、行動観察が必要なんです。

──では、クライアントへの忠誠心をなくすというのはどういうことでしょう?

例えば、あなたがIBMの社員だとして、顧客企業から「新しい傘をつくって欲しい」と言われたらどうしますか? ついつい、「高機能素材で撥水性の高い傘」、あるいは「壊れにくい骨の構造でイノベーションを起こそう」と考えてしまうかもしれません。

そこで考えて欲しいのが、傘を使う人の悩み・問題は何かということです。そこからインサイトを導きます。傘を使う人の思いが「雨に濡れたくない」ことにあるのなら、トンネルを掘って新しい道路をつくってもいいかもしれませんし、タクシーの配車アプリを開発してもいいわけです。

IBM iX福士浩二郎

「クライアントへの忠誠心をなくす」とは、いい意味で「クライアントの言いなりにならない」ということです。クライアントの持つ本質的な課題解決は何かという視点で考えることが、我々にしかできない提案につながっていくのです。

 “手法にとらわれず”ビジネス成果を出そうという取り組みの原点は、ユーザーに寄り添うこと

──IBMへの入社が2016年1月とのことですが、それまでどんな仕事を手がけてきたのですか?

もともと新卒で入社したのが、書店や音楽・映像ソフトのレンタル事業を展開している大手チェーン店でした。そこで店長や新規店舗開発を行い、デジタル系のPR会社に転職後、マーケティングコンサルティングを担当しました。IBMの前はデジタルエージェンシーで、企業のクリエイティブ・デジタルマーケティング支援を行っていました。

クリエイティブとマーケティングの側面から、手法にとらわれずに企業のデジタル革新のお手伝いを続けてきたという点では、今もその延長線上にいると考えています。

──店舗の店長を経験されたということですが、その経験も今に生きていると?

店長というのは企業経営者と同じで、人を集めて、利益を上げるにはどうするかを考え、実行します。このときの経験が、クリエイティブディレクターの仕事の原点ともいえます。そこで得たものが、「ビジネスドリブン」でもなく「テクノロジードリブン」でもない、「ユーザードリブン」ということです。

IBM iX福士浩二郎

──ユーザーに徹底的に寄り添うということでしょうか。クライアント企業に対して、具体的にはどんなアプローチになりますか?

娯楽が多様化し、時間の奪い合いといわれる時代ですが、この傾向はインターネット、モバイルの普及でさらに加速しています。そうした状況で、「このブランドでなければできない体験を提供する」ことがますます重要になっています。そこで、クライアントがまだ気づいていない課題に対して、こちらから解決策を提示していきます。

具体的には、「ターゲットユーザーが誰か」を徹底的に考え抜くことを大事にしています。つまり、そのブランドが狙っていきたい「ブランドターゲット」が、どこにあるかを考えることです。

例えば、私は東京出身ですが、新卒で入社した際に店長として配属されたのは大阪の店舗でした。土地勘もなく、知り合いもいない場所でまず始めたのが、店舗に来店するお客様を観察することです。その結果、コアターゲットを子ども連れの母親に定め、それまで分散されていた棚(ラインナップ)の最適化に取り組みました。具体的には、子ども向けのDVDの品ぞろえを増やし、「大阪で一番、子ども向けのDVDがあります」とのメッセージを打ち出しました。また、子どもを引きつける要素として「ガチャガチャ(カプセルトイ)」にも着目し、「日本一、ガチャガチャがあるお店」を目指して来店のための導線づくりを行いました。

 マーケティングとクリエイティブの両方がわかる人材を増やしていきたい

──福士さんは、他のデジタルエージェンシーにないIBM iXの強みをどう考えていますか?

一言でいえば、デザイナーの数です。IBMは、2017年にグローバルでデザイナーを1500人まで増やすことを目指しています。プロダクトデザイナーや工業デザイナー、インテリアデザイナーなど多様な分野のデザイナーが、デザイン思考で顧客体験をどのようにビジネスに転換できるかを考えており、そこがデジタルエージェンシーとしてのIBM iX独自の強みだと思います。

IBM iX福士浩二郎

──それが、社会やビジネスにどんな変革をもたらすことができますか?

「ゲームチェンジ」ということに尽きます。クリエイティブやマーケティングで従来からのビジネスのパラダイムを転換させるような変革を起こしていくことに加え、マーケティング業界の闇を光に変えることにも取り組んでいきたいです。

昨年あたりからデジタルマーケティングに関連した不正が報じられていますが、デジタル広告は新しいテクノロジーであるがゆえ、クライアント企業側でもチェックが働かず、結果、エージェントの「いいなり」になってしまっている側面があります。こうした課題を解決するため、IBMの強みを活用しながら、デジタル広告業界をよりよくするために動いていきたいと考えています。

──最後に、今後の展望について聞かせてください。

IBMは、ビジネス思考、デザイン思考、テクノロジー思考、すべてに強みを持っています。これらを三位一体で統合し、クリエイティブディレクターとしてゲームチェンジ、すなわち世の中の革新に携わっていきたいですね。


ビジネス思考、デザイン思考、テクノロジー思考の三位一体で、あらゆる手段で顧客企業のビジネス変革に貢献するという福士氏の言葉からは、特に、顧客視点に立ったデザイン思考の重要性が伝わってきます。

IBM Watson Summit 2017