2016.12.27

攻めのAIと「プレスリリースドリブン」で動くメディアプランニングの可能性 ──IBM iX岸本拓磨インタビュー

IBM iX岸本拓磨

マーケティングのデジタル化が加速している現在、顧客とブランドのあらゆる接触機会において、顧客の行動や感情の動きを捉え、最適な体験を提供するという動きが重要性を増している。一方、新聞やテレビなどの代表的なマスメディアは、ブランド認知には秀でているものの、「どんな人に」「どんな反応があったか」を可視化できないという課題を抱えていた。

「それが、特に昨今、マス広告が効かない、などと避けられてしまう正体」と語るのが、日本IBM(以下、IBM)の岸本拓磨氏。岸本氏は「IBM Interactive Experience(IBMiX)」のプロデューサーとして、IBM Watson(以下、Watson)のコグニティブ・テクノロジーを活用し、テレビCMの広告効果を可視化する実証プロジェクトを指揮している。岸本氏にプロジェクトの狙い、得られた知見や成果について話を伺った。

岸本拓磨
岸本 拓磨日本アイ・ビー・エム株式会社 インタラクティブ エクスペリエンス クリエイティブ & デザイン トータル メディア プロデューサー

朝日放送株式会社にて、販促のイベントやCM・番組制作、クロスメディア企画などを担当した後、ソーシャルメディア運営、動画配信やARアプリなどのデジタルコンテンツ企画やビジネス開発、宣伝などを担当。2016年よりIBMインタラクティブエクスペリエンスに参加。現在、クリエイティブ&デザインチームのプロデューサーとして、IBM Watsonなどの新しいテクノロジーを掛け合わせたミックスメディアプランニングやコンテンツ制作などで活動中。

SNSのつぶやきから、CMが“刺さった人”の「ペルソナ」像を明らかにする

──まず、実証実験の取り組みについて教えていただきますか?

一言でいえば「新しいテクノロジーを使って、テレビを含めたマスメディアの価値を再評価しよう」という取り組みです。具体的には、クライアント企業のCMに接した視聴者の反応を、ソーシャルメディアへのつぶやきや投稿などから捕捉します。そのテキスト情報をWatsonの自然言語処理で解析し、広告に反応したターゲットの価値観、性格、好みなどを明らかにしていきます。

可視化されたターゲットペルソナを基に、最適な「CMやデジタル広告の出稿プランニング・実行」と「クリエイティブの調整・改善」を行うチャレンジです。

──プロジェクトの背景にはどんな問題がありましたか?

いわゆる「4大マス」とよばれるマスメディアについては、媒体名を名指しして「○○離れ」が叫ばれている時代です。しかし、個人的には「本当にそうか?」という思いが少なからずありました。それは「単にデータがないだけ」、あるいは「テクノロジーがなくて、データを取り損ねているだけ」という側面があるのではないかと。

確かに娯楽は増えてメディアは多様化し、人々の選択肢は増えました。しかし、メディアの消費スタイルは変わっても、実はマスメディアの影響力自体は世間で言われているほどには単純に低下していないのではないかというのが私の仮説です。

Watsonのテクノロジーを使うことで、従来の視聴率やデモグラフィック情報などの数字には表れないユーザーの嗜好性分析を通じ、より深くユーザーを知ることに取り組みたいと考えていました。

──プロジェクトの中でWatsonが果たした役割について、もう少し詳しく教えてください。

Watsonを活用して、今まで構造化できなかった、テレビCMの波及効果を構造化して分析できるように試みました。Watsonのコグニティブ・テクノロジーは、自然言語を解釈して根拠をもとに仮説を生成し、知識を蓄積して経験から学習するものです。

この自然言語処理は、話し言葉だけでなくテキストデータも分析対象となります。今回のプロジェクトでは、CMに反応したユーザーの、ソーシャルメディアへのつぶやきの内容を分析しました。過去の投稿まで遡り、そのユーザーがどんな言葉遣い、文体なのかを解析して、そこから価値観、ライフスタイル、性格、好みといったユーザーペルソナを推定して、徹底的に顧客分析していくのです。

──年齢、性別といったデモグラフィック情報ではなく、嗜好性の切り口からユーザーを知ることができるようになると…。

Watsonのアルゴリズムは、推定したペルソナの嗜好性を数値化し、購買における傾向分析を行うことができます。この数値化のアルゴリズムは、学説に基づいたデータに裏付けられています。例えば、私のTwitterアカウントを分析した結果は、「健康食品を好む」傾向があるということでした。

私が実際に「健康食品が好きだ」とソーシャルメディアに書いたことはありませんが、私の言葉の使い方や言い回しなどから、そうした傾向があるとWatsonが分析したのです。そして、私をよく知る人は、私が健康飲料を箱買いするのを知っています。

「心地よく受け入れられる」広告のあり方にも応用の可能性がある

──Watsonで可視化されたペルソナを基にした、キャンペーン運用のPDCAの部分についても教えてください。

今回、朝日広告社から特にお声掛けいただいて、実証実験を行いました。

「朝日広告社、テレビメタデータと人工知能を活用したキャンペーンマネジメントの実証実験を実施」

プロジェクトでは、3種類のテレビCMのクリエイティブに対して、CMに反応したユーザーの投稿から、どのCMに反応したかを特定しました。

そして、当初想定していたターゲットと、Watsonによるペルソナ分析の結果を対比し、実際のペルソナに沿った内容に広告を差し替えることを行いました。

──キャンペーンを通じ、テクノロジー面ではどんな気づきがありましたか?

今回のキャンペーンでは、Watsonの機能の一部を利用しただけです。実は、得られたデータをもっと多角的に、個々のパーソナリティーの分析まで行うことができるのです。例えば、海外ではバスケットボールのチーム組成に活用したり、学校では生徒の作文内容から、その生徒に本当にマッチした進路先を提示するといった活用例もあります。

得られたデータをどう活用するかについては、まだまだ可能性があると感じました。

岸本拓磨

──インターネットでは、望んでいないのに強制的に表示される広告を鬱陶しく感じる人もいるはずです。今後「広告を心地よく受け取ってもらう」という点で、どのようにお考えですか?

まさに、そこを突き詰めたいと考えています。今のアドテクノロジーは主に「行動履歴分析」をベースにしています。リターゲティング広告も、ユーザーが「どのページを見たか」という行動を基に、マッチングする広告を追尾して表示しています。

ECサイトである商品を購入したら、すでに購入した商品の広告が何度も表示され、「そんなに何度も買わないよ」と思った経験を持つ人もいると思いますが、自然言語処理によるペルソナ分析で、より人の嗜好と性格分析を反映した広告クリエイティブのあり方や、より受け入れられやすいマイルドな方法で広告を表示する仕組みが実現できるかもしれません。

こうした可能性は、他のAIにはない、 Watsonの大きな特徴の一つだと考えています。

──前職の朝日放送在籍時から、本プロジェクトのような構想は頭にありましたか?

前職時代は営業に約10年在籍し、スポンサーニーズを叶えるためにセールスプロモーションや企画を仕掛ける立ち位置にいました。そのなかで、一つの放送局の枠にとらわれないオープンイノベーションで、業界を良くしていきたいという思いはありました。

その後、編成に在籍し、宣伝領域でテレビとデジタルのクロスメディアを担当してきましたが、技術的な限界を感じることもあり、TVのHUT(総世帯視聴率)が下がっていく中でもっと新しいテクノロジーを活用した取り組みが必要だと考えていました。そのためにはビッグデータ解析やAIが必要だと「盲信」して、それがIBMのiXに参画した理由の一つである訳なのですが、これが「確信」に変わればいいなと考えています。

IBMiXの役割は「インタラクティブな体験で世の中を良くする」ことに尽きる

──現在、岸本さんが所属するIBMiXとはどんな部署ですか?

IBMiXは、クリエイティブな戦略立案から全社システムの統合までを支援するデジタルエージェンシーです。コンテンツも作るし、キャンペーンもするというように、ワンストップで様々なデジタル施策をコンサルティングすることができます。また、海外の事例や知見を参考にすることも多く、グローバルなチームとしても機能しています。

Watsonなどのオンリーワンの技術や、SoftLayerなどのクラウド基盤といった独自資源を持って広告会社とも価値を共創し、そのなかで、プロデューサーとしてクリエイティブの仕掛け側の立ち位置にいられることはありがたいことです。

──では、IBMiXの強み、役割とは?

IBMiXの役割は、「インタラクティブな体験で世の中を良くする」ことに尽きます。現状は“何でも屋”という側面があって、お声がけをいただいたところに行って、一つ一つのお客様のニーズに応えるコンサルティング活動を行っています。

海外の事例になりますが、例えば海外の4大テニス大会や米国のマスターズゴルフ大会は、IBMiXがデジタルエクスペリエンスをデザインしています。

岸本拓磨

 “プレスリリースドリブン”な「攻めのAI」事例を増やしていきたい

──新たなメディアプランニングという点で今後、広告主に対してどんな提案が可能になりますか?

ビジネスがデジタル化して、これからはデータが価値を持つようになります。Watsonによる非構造化データの可視化は、今後さらなるマーケットを生むことにつながります。

個人的には、お世話になったマスメディア業界に恩返ししたいという思いが強いです。これまで優秀なクリエイター、プロデューサー、監督、広告クリエイティブ、アニメーター、編集者と一緒にお仕事をさせてもらいましたが、特に最近、テレビの影響力を深く、多角的に計測する方法がないために、どんどん彼らの優秀な作品が過小評価されている面があると思うのです。

例えば、視聴率が20%から10%に落ちたというときに、視聴者は減ったのか、減ったとしたらどこに行ったのか…。視聴スタイルが変わっているのに、今のテクノロジーではこれが計測できないから、巡り巡って、結果、視聴率が悪いとコンテンツは安く売られ、いつしか更に少ない制作費になり、どんどん「安かろう悪かろう」の悪循環に陥ってしまう。

別の発想として、どこに行ったのか追うのとは別に、この数字の「1%」の中に、具体的にこんな人がいるんだと判明すれば、顧客分析でメディアの価値が再定義できる可能性があります。新しいテクノロジーでデータをもっと深掘りし、素晴らしいコンテンツを作る人がしかるべき評価を受けて、然るべきお金が流れていくようなエコシステムを確立していくことに意義があると考えています。

──では、Watsonにはどんな可能性を感じていますか?

Watsonが掲げる「非構造化データを可視化する」というミッションについては、まだまだできることがあると思います。

我々のハードディスクの中を見ても、まだまだ構造化できていないデータはたくさんあります。例えば、画像や音楽や映像は、曲名や作曲家名やジャンルなどの「検索キーワード」の他に、「こんな印象の画像、曲、映像」など、ファジーなイメージや、中の細かい内容を検索することができません。言葉で説明できないような印象やイメージや中身を分析、構造化できる可能性があると思います。

──そうしたアプローチは、メディアプランニングにも新たな可能性をもたらしますか?

そう思います。これまでAIは、課題の改善、いわばイシュードリブンな「守りのAI」の部分が主にクローズアップされてきました。これからは、新たな価値の創造、イノベーションのための、“プレスリリースドリブン”な投資、すなわち「こんなプレスリリースが打ちたいから、そのためにAIに活用したい」というような「攻めのAI」が増えていって欲しいですね。


IBM Watsonの自然言語処理をベースにしたコグニティブ・テクノロジーが、広告効果の可視化だけでなく、様々なビジネス領域での課題解決に役立つ可能性があるという話は、多くのマネジメント層にとって参考になる話でした。

また、コグニティブ・テクノロジーを課題解決だけでなく、イノベーション創出のために活用したいと“猛進”する岸本氏の姿勢は、AI時代の「人の役割」という点でも一つのヒントを示しています。本プロジェクトのように、マスメディアにも広がるIBM IXの取り組みの詳細については、下記をご覧ください。

IBM Watson Summit 2017