2016.12.21

『だって、ペーパーレスだろ?』テレワークに魂を入れる2つの「プロフェッショナリズム」 ―ネイティブ・テレワーカーズ・クロニクル#2

『だって、ペーパーレスだろ?』テレワークに魂を入れる2つの「プロフェッショナリズム」 ――ネイティブ・テレワーカーズ・クロニクル#2

IBMビジネスコンサルティングサービス(2002年までPwCコンサルティング。2010年に日本IBMに統合された。以降、IBCSと略)が、1990年代にペーパーレスの取り組みを始めたときのお話です。ある夜、フリーアドレスの長机の上に作成物を印刷して並べ、構成をチェックしているコンサルタントの姿がありました。

仲田清人
仲田清人エンタープライズ・アプリケーションズ事業部 アカウント・プロモーション

日本IBMにて、基幹業務/システムの標準化及びグローバル統合プロジェクトの構想企画から実現までのプロジェクトマネジメントを担当。IBM内では、自組織の「学習する組織」化推進の重要性を訴え、「Learning Organization Initiative」を創設。コンサルタントの日々の研鑽機会の企画運営に加え、学習を阻害する根源的な要因に踏み込んで取り組むとともに、若手中堅のリーダーシップ開発を担当している。キャリアをスタートした時点で既に自社(当時のIBMビジネスコンサルティングサービス)がテレワーク化していた「ネイティブ・テレワーカー」の立場から今回の執筆を担当。

最終報告前夜のペーパーレスオフィス

最終報告に向けて、一滴の水も漏らさない様に熱心に打ち込んでいるのは、彼の背中を見るだけで分かります。そこへ、とある役員が近づいていきます。役員は何も言わずにコンサルタントの傍まで近づくと、机の上に整列され、几帳面に書き込みがされている紙を一瞥しました。と、次の瞬間、それらをかき集めて無造作に取り上げ、シュレッダーに掛けてしまったのです。何が起こったのか、事態を理解しかねているコンサルタントに役員が一言。「だって、ペーパーレスだろ?」

「印刷したほうが読みやすい」と言ってつい印刷し、大切な気づきをそこに書き込んでしまう。情報の保管先が紙と電子の2系統になった結果、かえって非効率を産んでしまう状況が起こります。「ペーパーレスにしたら効率が下がった」というパターンの原因はこれです。IBCSでは、この2系統の情報分散を避けるために、冒頭ご紹介したエピソードが生まれる程、徹底した電子化に取り組みました。これによって情報分散がブロックされ、徐々に情報が電子中心に回るようになっていったのです。一定水準を超えた段階で電子媒体一本化のメリットが多くの社員に実感されるようになり、一気にペーパーレスが「当たり前」の世界にシフトしたのでした。

IBCSのワークスタイル改革は1994年から7年間という短期間で行われました。通常の変革は、制度の変革に伴いインフラを整えるという順序ですが、IBCSの場合、ワークインフラを強制的に変えてしまうという「インフラ駆動型」のアプローチで進みました。ある日、携帯電話とノートPCを一人一台配布し、固定席と書類キャビネットを廃止してフリーアドレスオフィスに変えてしまう。その環境で働くしかない社員はテレワーカーとして順応せざるを得ず、その結果、得られるメリットを実感することで本物のテレワーカーになっていきました。そして2000年頃には、「新卒入社社員は社会人生活の初めからテレワークが当然」という、ネイティブ・テレワーカーが登場するに至ったのです。

与えられるものと、創り出すもの

IBCSのような急進的なアプローチを困難に感じる方もいるかもしれません。しかし、「一気呵成にやらなければ、本当のワークスタイル変革は難しい」という発想もあり得ます。もちろん、簡単ではないかもしれません。しかし、必要であれば乗り越えなければならないハードルなのではないでしょうか。

このハードルを乗り越えるポイントは、「プロフェッショナリズム」にありそうです。以下、2つのプロフェッショナリズムに分けてお話します。マネジメントのプロフェッショナリズムと、社員のプロフェッショナリズムです。

まずは、マネジメントのプロフェッショナリズムについて。IBCSのワークスタイル変革で重要だったのは、前述の通り、紙を強制的にシュレッダーにかけてしまうほどの徹底ぶりでした。ここまでやるためには、反発があることも承知の上で、マネジメント側が本気で取り組む必要があります。「本気」とは、「言っていることとやっていることが一致している」とも言い換えることができます。ワークスタイル変革においてマネジメントが本気度を示すための良い方法は、自分自身が新しいワークスタイルを実践することです。1990年代当時のIBCSでは、役員は自分の個室を持ち、キーボードを打ったことがない人もいました。しかし、この変革の過程で、彼らも携帯電話とノートPCを持ち、オープンなワークスペースでキーボードを叩いて資料作成を始めたのです。マネジメントが(役員室ではなく)目の前にいて、(紙ではなく)ノートPCで仕事をし、紙があったら取り上げてシュレッダーに掛ける。その様子を見れば、社員も変わらざるをえないのではないでしょうか。

次に、社員のプロフェッショナリズムについて。これは、「社員は管理するべき労働力提供者」という発想ではなく、「社員は自ら主体的に仕事に取り組む価値提供者」と考え、会社はそれを支えていくという発想です。野球選手やサッカー選手の様に扱う、といえばイメージが付きやすいでしょうか?プロとして結果を出せば評価され、社員はその為に自ら学び、努力する。会社は社員が学び、プレーしやすい環境を用意するし、パフォーマンスを阻害するような制約は極力排除する。このスタンスでテレワークを考えると、管理の発想で考えるテレワークとは違うものになります。IBCSにおいてそのプロフェッショナル環境が与えられると、社員自身も自らをプロとして扱い、プロフェッショナルな行動を取るようになりました。つまり、プロを支えるテレワーク環境が、プロを育成する環境にもなったということです。

社員をプロフェッショナルとして扱うための具体的な施策として、重要だったものが2つあります。評価制度とコーチングです。まず、成果ベースの評価制度がプロフェッショナル組織として必要でした。「何時から何時まで目の前にいたか」ではなく、「どんな価値を生み出したか」を評価するこの制度は、評価が透明性を保てなければ上手くいきません。昇進の基準も年度末評価の基準も全て文書化され、それに対して社員が自らのパフォーマンスを記述し、複数の評価者による合議で評価することで客観性を保つ仕組みになっていきました。また、上司と部下の関係も、「ティーチング」から「コーチング」へとシフトしていきました。部下は自ら成長を欲し、上司はそれをサポートすることになります。これらの評価の客観性や、成長の主体が社員側にあるというスタンスは、上司と部下が離れて活動していても円滑に組織運営を可能にする前提として、大切なテレワーク施策の一部でした。

やれと言われると、やりたくない

ところで、もしあなたが「明日から早寝早起きをしましょう。朝4時に起きて健康的な習慣を身に着けましょう」と言われたとします。たしかに健康にはメリットがありそうですが、眠いし、夜更かししたいし、何より「なぜ他人から言われなければならないのか」、「余計なお世話だ」。このように感じるのが自然ではないかと思うのです。

人は変化を嫌います。さらに言えば、他人から押し付けられた変化はもっと嫌いでしょう。変化への抵抗を緩めるためにIBCSがしたことは、「これは実験である」と言うことでした。不可逆な変化ではなく、まずはやってみる。その結果うまくいかなかったら、次には違うことを試す。そうしたスタンスを明言するだけで、新たな取り組みへの抵抗感は下がります。むしろ、「実験」とすることで、それがクリエイティブで野心的な取り組みである感覚が生まれます。IBCSは自らを、「未来企業の実験室(=フューチャー・ラボ)」と位置づけ、お客様に提案するワークスタイルのあるべき姿を自ら探索していく、というストーリーを作りました。実験室であれば、今は常に実験であり、将来も実験が続きます。常に未完成であり続ける、という不安定な状態すら、自らのアイデンティティーとして誇れるものとなります。

その後のネイティブ・テレワーカーズ

ところで、社運をかけた大胆な取り組みを進めてきた結果、果実は得られたのでしょうか。IBCSではワークスタイル改革の成功を、3つのKPI(Key Performance Indicator: 主要業績評価指標)で定義しました。「社員一人あたりの仕事のスピード」「インフラコスト」、そして「生産性」です。この全てにおいて、確かな成果を得ることができました。

仕事のスピードは2倍になりました。それまでコンサルタントの仕事時間の7割は情報収集に割かれていたのですが、これが半分以下で済むようになり、また結果をまとめる資料作りも、一からつくるのではなく、汎用性のある資料はデータベースから抽出して再利用できるようになった結果です。

インフラコストは3割減となりました。最も大きかったのは、60%を占めるスペースコストです。これが半分近くになりました。紙のコスト(印刷や保管)は大きく削減されましたが、その代わりにIT、通信コストはそれぞれ同等もしくは増加となりました。通信コストが増えるのはテレワークのために止むを得なかったですが、ITコストがほぼ変わっていないのは意外でしょうか。これは、情報が電子媒体に一本化されたことによって、出力コストや、そのための帳票プログラム等、「紙文化を支えるIT」が不要になった点も寄与しています。

これらの結果として、生産性は2倍以上に達しました。主要なワークスタイル変革が終って以降、情報の蓄積が継続的に生産性向上に寄与し続けた結果でした。

以上、IBMとIBCSのテレワークの歩み、その過程で現れた壁とその克服、そしてそこから得られた学びをご紹介してまいりました。ご紹介の通り、主要なワークスタイル変革は2000年前後に集中し、以降の10年は、IBMとIBCSそれぞれの取り組みから良い点を採用しながら、定着活用を進めるフェーズとなりました。この「定着」の期間を経て、テレワークを自然なものと考える「ネイティブ・テレワーカー」が活躍する時代に遷移していきます。

さて。「IBMのワークスタイル変革はそれ以降、歩みを止めてしまったのか?」と思われる方もいるかもしれませんが、そうではありません。特にここ数年の新たな技術や考え方の進展が、10年前にはできなかった新たなテレワークの可能性を生み出しています。その変化はかつてのような大きな変革というよりは、小さく早く、よりパーソナルで、全員で決断して高い山を乗り越えるというよりも、個々が自然な流れで歩み始めることができて、気がついたら景色が変わっていた、というような種類のものです。過去のペーパーレスのようなハードな体験がなくても可能な変革が、今の技術なら可能、ということでもあります。

次回、第3回の「ネイティブ・テレワーカーズ・エボリューション」では、そのような、現在進行系のテレワークの取り組みと、その先の可能性についてお話させていただきたいと思います。