2016.07.25

松本 大(マネックス証券CEO)インタビュー。「顧客体験」を追求し、「破壊者」であり続けるために

松本 大(マネックス証券CEO)

顧客とのあらゆる接点における「体験」を最適化してこそ、企業の収益が大きく伸びる。こうした考え方は、既に広く一般的となりました。先進企業の多くが、顧客のロイヤリティを高め、継続的にサービスを利用してもらうための新たな価値の創出(イノベーション)に取り組んでいます。

営業マンによる対面販売が当たり前だった証券取引に、「オンライン証券取引」という新たなカテゴリーを確立したオンライン専業証券会社のマネックス証券。同社の最高経営責任者(CEO)松本 大氏は、自ら「カスタマー・ハピネス・オフィサー(CHO)」という肩書きを掲げ、顧客体験の最適化を徹底的に追求しています。

「破壊者」としての姿勢を持続しているマネックス証券の軌跡や、松本氏ご自身の経営者としての考え方についてお話をお聞きしました。

──1999年にソニーと共同でマネックス証券を設立した当時は、オンライン証券会社はまだ一般的ではありませんでした。既存の価値の「破壊者」であるマネックス証券は「境界を越えてやってくるいまだ見えない競争相手」から、どのようなことを学んでいますか。

GoogleやAmazon、Appleといった、ウォレット・サービスを提供する今日のデジタル系の巨人は、顧客との付き合い方を知っているため、とてつもなく大きな強みを持っていると見ています。

金融サービスの分野では、誰もが勝者になれるわけではありません。そこは自由な市場ですから、勝者と敗者がいます。今日のデジタル系の巨人は、顧客と関係を構築することに長けていますが、それらの企業が必ずしも最善の金融サービスを提供できるかどうかはわかりません。ですから、マネックス証券が生き残るためには、まず、お客様が資産管理についてより的確な決定を下せるよう、金融に特化した知力に磨きをかけることがますます重要になっていきます。

また、金融業界に限っていえば、多くのスタートアップは失敗し、ごく一部の企業が成功を収めることになると思われます。マネックス証券を17年前に設立した当時は、日本でオンライン証券取引というものが一般的ではありませんでした。しかし、今ではそれが国内の証券取引の90%以上を占めるに至っています。

ですから、スタートアップと良好な関係を築くことが必要だと考えています。スタートアップの敵になるのではなく、投資という形であれ、あるいは成功を支援するための別の方法での関与であれ、良好な関係を築くことに努めています。


──「カスタマー・ハピネス・オフィサー(CHO)」という肩書きを掲げていますが、「破壊者としての強み」を持続するために、どんなことを重視しているのですか。

「破壊の鍵」となり得るのは、お客様のニーズです。ですから私たちは、お客様の声に耳を傾けて、満たされていないニーズを満たすよう努めています。しかし、多くの企業では、お客様に尋ねることなく、お客様が何を望んでいるのか、お客様のニーズを満たすにはどうすべきか、想像を巡らせているケースが見られます。

私は、マネックス証券を設立した当時、日本の金融機関は「顧客側の論理」ではなく「供給側の論理」で事業を運営していると考えていました。だからこそ、私は「顧客視点」でのアイデアの実現を推進したのです。

現在、私は、70万人にのぼる当社のメール・マガジンの購読者に向けて毎日コラムを書いています。お客様に何を望んでいるかを尋ね、それに対して非常にたくさんの返信メールをいただいています。こうしたフィードバックから、自分たちが行っているプロジェクトについて、お客様がどう考えているのかを理解することができます。

以前であれば、毎日何十万人ものお客様からフィードバックをいただくというのは、容易なことではありませんでした。しかし今ではそれが可能であり、常にお客様が何を必要としているのかを理解するための素晴らしい方法であると考えています。

効果的なマーケティングには「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Act(改善)」のPDCAサイクルが必要だと考えています。サービスに関するアイデアを考え出し、それらを試し、お客様にフィードバックを求め、改善するのです。このプロセスを何度も繰り返していけば、お客様が望んでいるものを提供できるようになります。

──金融サービス企業が直面している、イノベーションに向けた最大のハードルは何ですか。

金融業界は、国によって規制が異なります。他の多くの業界ではルールが国際標準化されており、お客様は世界中からいつでもあらゆるブランドの商品を購入できます。しかし、株式においては、それを世界中から購入したいと思っても、他のものと同じように購入することはできません。こうした法規制の違いはハードルの一つです。

──IBMの調査によると、業界をリードする先進企業のCEOは、モバイルやコグニティブ・コンピューティング(自然言語を理解し、人間に応対し、自ら学習するシステム)を重視していることが明らかになっています。こうしたテクノロジーは、金融業界にどのような影響を及ぼしていますか。

モバイル・テクノロジーにより、すべてのビジネスが、かつて業界に存在していたものとは異なる、新たな形で進化しています。それだけでなく、スタートアップの新規参入時の障壁が下がってきています。かつて、証券取引仲介業務というのは、伝統的な証券会社によって支配されていました。しかし、今では誰でも証券取引の仲介を行うことができます。17年前、私たちマネックス証券も、まだ資本金がなくスタッフも4人しかいなかったにもかかわらず、テクノロジーを集めて証券会社を作りました。

コグニティブは、非常に興味深いテクノロジーです。とくに、コグニティブがマーケティングにおけるPDCAプロセスを自動化する可能性があるという点に興味を引かれます。

──マーケティング担当者が製品やサービスを市場に届けるために、コグニティブはどのように役立つと考えますか。

サービスや製品を生み出し、それを市場へ届けるためには、常に強力な新しいアイデアを考え出していく必要があります。その過程で確固としたPDCAプロセスがあれば初期の実行不可能な考えの多くを排除することができ、短い時間で強力なアイデアを導き出すことができます。

あえて話をしますが、金融業界では2008年にウォール街が困難に直面したとき、多くの人々がそこを離れてシリコンバレーへと向かいました。そうした新たな人材の流入により、シリコンバレーではますます多くのアイデアが生み出されました。

それと同じように、コグニティブは企業への新たなリソースの流入を促進し、コグニティブによって表面化したより多くのアイデアが、新たなイノベーションを生み出すことになると思います。

──将来に備えるために必要なことは何なのでしょうか。

私は、マネー(金融)の未来を念頭に置いて、「MONEX(マネックス)」という社名を付けました。私は、1999年当時に行われていた金融取引の方法の一歩先を行くサービス企業を作り上げようとしました。だから社名に“X”が入っているのです。“X”は“Y”のひとつ前の文字ですから。

CEOは、常にビジネスの成功に向けて懸命に努力しなければなりません。今日では物事が劇的に変化し続けているため、CEOは極めて迅速に、そうした変化に順応していかなければなりません。そうでなければ、あっという間に完全に時代遅れになってしまう恐れがあります。

ですから、常に新しい血を組織に取り込むのです。若い人である必要はありませんが、斬新な発想力を持った人材が必要です。CEOには、絶えず新しいアイデア、新しい人材を会社に取り入れることが求められます。

CEOだからといって座視していては絶対にいけません。そんなことをすれば間違いなく失敗します。常に試行錯誤を繰り返し、少しずつでも常に変化を加えながら、何事においても市場の先駆者になることこそ、最も重要だと考えます。


顧客の声に耳を傾け、まだ満たされていないニーズを満たすという、顧客視点に立った「体験」を重視する松本氏の姿勢は、多くの企業の経営幹部にとって参考になるのではないでしょうか。また、コグニティブ・コンピューティングをはじめとするテクノロジーを活用し、イノベーションを起こしていくためのヒントについても、貴重な意見をいただくことができました。

顧客体験の重要性、経営層として持つべき視点、先駆者に求められる姿勢など、さらに詳しく知りたい方は、世界中の5000人を超える経営者にヒアリングしたレポート「グローバル経営層スタディ」もぜひご一読ください。